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2012年02月13日

大東文化大学大学院生活を振り返って6 入学面接試験

 6年前の2006年4月、大東文化大学大学院文学研究科博士課程前期課程に入学しました。専攻は中国学です。

 大学院の入学試験初日は、筆記試験です。中国語が終わり、次は、漢文読解、哲学文学歴史等の問題です。

 哲学・文学の設問課題は何とか解けましたが、哲学書・歴史書の原文(白文)が2題出題され、「全文を訓読せよ。」とありました。私にしてみれば途方もない量の漢文でした。これには四苦八苦です。

 何とか書き込み、初日を終了しました。

 2日目は面接試験です。

 面接室に入ると、大東文化大学が誇る教授陣がずらりと並んでいました。8人くらいいたと記憶しています。

 大東文化大学は、定年が70歳です。東京大学の天下り校とも言われ、中国学で名をはせた人は最期に大東文化大学で終了する構図になっているらしく、有名でかつ学識が高いためか、一癖も二癖もある人ばかりです。

 担当教官である林克教授は、サテライトで1年間休暇中のため、審議には加わっていませんでした(私の指導だけは、ご厚意で、サテライトで大学をお休みしていた間の1年間もしてくれていました)。

 この時の様子は鮮明に記憶に残っています。

 前日の試験結果が既にわかっており、先生たちはその上で盛んに質問をしてきます。

 中国語は、正解率が8割を超えていたらしく、語学に対しての話はあまり出ませんでしたが、漢文読解があまり出来ていなかったらしく、手厳しい発言が相次ぎました。

 約30分あまりの面接時間でしたが、長い長ーい時間に感じられました。同校の学部生でもないため、教授たちにしてみれば殆どの人が私と初対面です。しかも、45歳です。理系出身の年寄りが何をしに来たんだと言わんばかりでした。一人だけ、聴講生として1年間授業を受けていた東京大学名誉教授でもある教授が知った顔だったので、その人の顔ばかり見ていたような気がします。唯一、批判にさらされ困っていた私に助け船を出してくれていました。

 分かりやすく言うと、ぼろくそに言われて、心はぼろぼろずたずたでした。

 「あー、絶対落ちたな。」と思って、とぼとぼ家に帰ったのを覚えています。

 2月21日に、とりあえず合否の確認をするために、大学院事務局へ行ってみたところ、私の受験番号がありました。

 この時の気持ちは、嬉しいと言うよりも、なんか複雑で、入学してやっていけるかという不安ばかりが先に立っていて、素直に喜べませんでした。

 それでも、3年あまり努力した結果が、大学院合格だったので、「まずはOKか。」と思った記憶があります。

 そして、2006年4月に大東文化大学大学院文学研究科中国学専攻博士課程前期課程の学生になりました。(つづく)

平成24年2月13日(月) 
 清野充典 記

(平成23年1月1日より毎日更新中)

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Posted by 清野充典  at 17:36 │Comments(0)大東文化大学大学院

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