たまりば

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2012年03月31日

ブログ開設のきっかけ

 平成22年(2010年)2月24日に、ブログを開設しました。

 気がついたら、2年2か月経ちました。

 開設以来、毎日ブログを更新しておりましたが、平成22年12月末に思うところがあり数日ブログを書くことを止めました。

 その間、ブログで公表する内容について自分なりの答えを出し、平成23年1月1日より再開しました。以来再び毎日書き続けています。

 2年以上日記のように毎日書き続けていますが、書いている思いは開設したときと変わりません。

 その思いとは、「東洋医学の普及」唯その一点です。

 私が、ブログを開設したのは、当院に在籍している大貫綾子先生が勧めてくれたことに由来します。

 大貫先生は、私と同じ明治鍼灸大学(現明治国際医療大学)の卒業生です。

 彼女は、大学を卒業して以来8年に及び、東洋医学を普及したいという私の思いを支えてくれています。

 その彼女が、「院長が思っていることを書いたら、きっと読んでくれる人が沢山いるはずです。」と言って「ブログ」というものを勧めてくれました。

 3年ほど前の話です。そのとき、私は「ブログ」の存在自体知りませんでした。

 2年3か月前に、多摩の地域ブログ「たまりば」に参加することになったのも、大貫先生の助力に拠ります。

 独りよがりに近い私の「ひとりごと」を、多くの方にお読みいただき、自分では驚いております。

 大貫先生の感性が、多くの読者を引き寄せているのではないかと思うほどです。

 私は、大貫先生をはじめとした良いスタッフに恵まれている幸せ者です。

 51歳最後を振り返り、ちょっと思い出に浸りました。

平成24年3月31日(土) 
 清野充典 記

(平成23年1月1日より毎日更新中)

※3日に一度「清野鍼灸整骨院府中センターです」を更新しています
※最新最先端の鍼灸治療・東洋医療について、詳細に書いています
※東洋医学の適応範囲をお知りになりたい方は、是非ご一読いただきたく存じます
  


  • Posted by 清野充典  at 00:20Comments(0)清野充典雑話

    2012年03月30日

    大東文化大学大学院生活を振り返って31 修士修了式

     6年前の2006年4月、大東文化大学大学院文学研究科博士課程前期課程に入学しました。専攻は中国学です。

     平成24年3月5日(水)に、修士の修了判定合格を確認しました。修士の実力が未だ伴っていない私に対する教授たちの温情を感じました。

     文学の研究をしている人たちは、まさに学者と呼べる人たちばかりです。

     昔は、「末は博士か大臣か。」と言って子育てをしました。

     博士は何でも知っている人という印象です。

     学士、修士と取得しましたが、学者としては半人前もありません。

     林教授は、「修士とは、学問を修めた人のことを言うんだ。」と言っておられます。

     その言葉を聞き、学問を修めることの難しさを痛感する毎日です。

     平成24年3月22日(木)に、学位授与式が行われました。東京国際フォーラムで、先輩が博士の学位記を受け取りました。

     私の一番近くに6年間いた人です。博士にふさわしい実力の持ち主です。

     私がそのレベルに到達することはないと思いますが、今後研究を10年ぐらい続けたら少しは近づけるかなあなんて思っています。

     大東文化大学大学院の生活は、明日で終わりです。6年間の思い出を、約1か月綴りました。

     4月からは、修士論文に書いた内容を、学術誌に掲載するため、より精度を上げた内容にする作業を続けます。

     林教授に、引き続きご指導をいただけることになりました。

     中国哲学に基づいた中国医学の研究は、まだまだ続きます。(おわり)

    平成24年3月30日(金) 
     清野充典 記

    (平成23年1月1日より毎日更新中)

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  • Posted by 清野充典  at 00:31Comments(0)大東文化大学大学院

    2012年03月29日

    大東文化大学大学院生活を振り返って30 修士取得

     6年前の2006年4月、大東文化大学大学院文学研究科博士課程前期課程に入学しました。専攻は中国学です。

     平成24年1月18日(水)に修士論文を提出し、口述試験を平成24年2月16日(木)午後1時より受けました。

     約90分に及ぶ口頭試問を受けた後、山のような訂正箇所を言い渡されました。返却された論文には、山のような附箋と赤い文字が書き込まれています。

     16日の夜は、精神的ダメージの回復に使いました。17日朝より気持ちを立て直し、2月27日の修士論文提出締め切りに向けて訂正を始めました。

     折しも、予てより療養中であった家内の母親が18日朝から容態が悪化し、19日未明に逝去しました。

     一睡もしないままその時を迎え、ご遺体のそばで修士論文の訂正を続けました。20日21日は葬儀に係わり十分な時間が取れなかったので、葬儀中一切酒は飲まず、本当に寝ずに修正しました。

     論文を完全製本するためには、23日の午前中に原稿を仕上げる必要がありました。22日にようやく出来上がったと思っていたところに、林教授より口述試験での修正以外の部分を訂正するようにとのご連絡を、夕方にメールでいただきました。

     葬式の残務整理などがようやく終わり、メールに気付いたのは23日のお0時過ぎでした。

     あわててメールの内容を確認し、返答しましたが、内容を良く理解するまでに、大分かかりました。23日は大学へ行き、お昼過ぎに教授と話し合いました。

     そこで、初めて教授よりOKをいただき、その日の午後に、翌日に行われる教授会の評価表を書いていただけることになりました。

     まさに、ぎりぎりの修正でした。

     このことは、教授が私の論文を良くお読みいただいていたことの証です。

     厳しい1週間でしたが、改めて教授に感謝したときでもありました。 

     3月5日に、修士の修了判定合格が決定しました。(つづく)

    平成24年3月29日(木) 
     清野充典 記

    (平成23年1月1日より毎日更新中)

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  • Posted by 清野充典  at 01:07Comments(0)大東文化大学大学院

    2012年03月28日

    大東文化大学大学院生活を振り返って29 修士論文口述試験 

     6年前の2006年4月、大東文化大学大学院文学研究科博士課程前期課程に入学しました。専攻は中国学です。

     平成24年1月18日(水)に修士論文を提出いたしました。

     その口述試験が、平成24年2月16日(木)午後1時より行われました。

     提出後の約1ヶ月、どんな質問を受けてもよいように、準備をしていました。

     自分では万全を期して書いていたつもりでも、原文の引用文や文字入力の間違いがたくさん見つかり、3週間ほど睡眠時間を毎日2~3時間にして試験に備える日々でした。

     そして、口述試験を迎えました。口述試験は、主査1人副査2人により行われます。緊張した雰囲気の中、主査である指導教官の林教授が言った質問は、頭にガツンと来ました。「確かに指摘されたその内容は考えたことがなかった。」という気持でのスタートでした。

     口述試験は、通常修士は1時間以内、博士は1時間半以内に行われると聞いていました。ほかの修士試験は30~40分だったようです。

     しかし、私は、1時間以上指導教官に責め立てられ、まともに答えることもできずサンドバック状態でした。65分を過ぎたころ、ようやく林教授は、「まあ、私ばかり言ってもなんだから・・・。」と言って、初めて副査に話を振ったぐらい息を継ぐ暇がありませんでした。

     副査が1人数分質問した後、再び林教授の質問攻めに遭い、結局約90分間針のむしろでした。

     別に博士の口述試験受けた先輩も約90分だったそうですから、その長さがお分かりかと思います。

     6年分ご指摘をしていただいたという事でしょう。

     しかし、そのどの指摘も全く異論はなく、私が書いた論文を、より精度の高いものへと押し上げていただいたものでした。

     口述試験が終わり、教授より、「お疲れ様、もう帰っていいよ。」と笑って言われました。試験中とは別人です。

     口述試験の時間は、一流の学者たちが持つ雰囲気を味わった時間だったと言えます。

     3人の教授より、沢山貼って頂いた付箋と真っ赤になった修士論文の原稿を頂戴し、訂正しなければいけない日がスタートしました。

     修正した論文は提出締切が2月27日でした。原稿は、完全製本して提出しなければいけません。

     残された日にちは1週間です。これに間に合わなければ、修士を取得することはできません。

     文字通り、寝れない日々の始まりでした。(つづく)

    平成24年3月28日(水) 
     清野充典 記

    (平成23年1月1日より毎日更新中)

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  • Posted by 清野充典  at 01:58Comments(0)大東文化大学大学院

    2012年03月27日

    順天堂大学大学院で研究中

     今日は、お茶の水にある順天堂大学大学院にて、研究会を行っています。

     様々な分野の方が集まり、様々な方面から、様々な視点で論争しています。

     とても楽しい時間です。

     順天堂大学の「順天」とは、『易經』のなかにある「天に順(したがう)」ということばに由来しています。


     私が、中国学を勉強し始めたきっかけも、『易經』です。

     日本で唯一の医史学研究室がある順天堂大学は、今年創立174年を迎えています。

     日本にある医学部の中で、最も歴史のある大学です。

    平成24年3月27日(火)
     清野充典 記  


  • Posted by 清野充典  at 19:12Comments(0)順天堂大学医学部

    2012年03月26日

    大東文化大学大学院生活を振り返って28 修士論文完成 

     6年前の2006年4月、大東文化大学大学院文学研究科博士課程前期課程に入学しました。専攻は中国学です。

     2011年1月に、指導教官である林克教授より、初めて修士論文作成の指導を受けました。

     林教授の指導は細かく、確実に完成へと導いていただける指導内容でした。

     林教授と出会ってからこの時点で8年目です。

     私の学力を知った上での指導であったと思います。

     1年間、常に追い込まれた気持ちで論文作成を行いました。

     「遊んでいる暇はないぞ。」、「私が若いときは、風呂と飯以外はすべて論文作成に当てたもんだ。」、「正月に年賀状なんか書いている暇はないぞ。」などと、時あるごとに叱咤激励をしていただきました。

     平成24年1月19日が論文提出の締切日でした。私は、1日早い1月18日に提出いたしました。

     このときが、一番ほっとした時だったかもしれません。

     これで、審査をしていただけるスタート地点に立ったと思ったものでした。

     この1年の想いは、毎日毎日が苦難の連続でした。

     夏の暑い時期、毎日必死に論文を書き、「出来上がったー。」という思いで後期授業が始まった日に教授にお見せしたら、「まだ半分の出来だな。」と言われ、もろくも気持ちを打ち砕かれました。以来、毎週その調子です。毎週毎週気持ちが瓦解しましたが、何とか論文作成までこぎつけました。

     良くくじけずに、6年間通学したと思います。

     有森裕子の言葉を借りるなら、「自分を誉めてあげたい。」というところです。

     しかし、論文を提出して、ほっとしていたのは、提出した後数日だけでした。

     このあと、3月5日の修了判定合格決定の日まで、さらに苦しく過酷な日々が待っていました。(つづく)

    平成24年3月26日(月) 
     清野充典 記

    (平成23年1月1日より毎日更新中)

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  • Posted by 清野充典  at 00:28Comments(0)大東文化大学大学院

    2012年03月25日

    大東文化大学大学院生活を振り返って27 甲骨・金文文字

     6年前の2006年4月、大東文化大学大学院文学研究科博士課程前期課程に入学しました。専攻は中国学です。

     修士論文を作成するうえで、避けて通れなかったのが、甲骨(こうこつ)文字と金文(きんぶん)文字です。

     漢字を読みこなすだけで四苦八苦しているところに、楚(そ)の時代の文字や戦国時代の各国の文字が並ぶ出土資料で頭がパンクしそうな中、殷の時代に亀の甲羅などに書かれた甲骨文字や青銅などに書かれた金文文字を解読する必要に迫られました。

     文献を読み、ここそこに書かれていると書いてあっても、その本にたどり着くことさえ困難でした。

     たとえたどりつけても、その本の中に書いてある内容を理解するために再び苦労が始まります。

     1文字を調べるために、何時間というより何日も要しました。

     何をどうしていいかさっぱりわからず途方に暮れていた時、手を差し伸べていただいたのが、吉田篤志准教授でした。

     最新の出土資料や辞書のひもとき方を、懇切丁寧にご指導いただきました。

     甲骨文字、金文文字、楚文字、戦国文字、篆書など、漢字以前に書かれた文字は、漢字の成立や漢文の読解力を身に付けることと同様に、専門家より学ぶ必要があります。

     大東文化大学大学院に入学したことにより、専門知識を習得することができました。

     大東文化大学は、漢文訓読に於いては平安時代より同じ教育をしている、日本で唯一漢学を専門に研究している教育機関です。

     また、出土資料など最新の研究分野においても、第一人者の研究者がそろっています。

     日本の中国学をリードしている先生たちからの学びは、2年では無理でした。

     6年という月日を要しましたが、私には必要な年数であったと心より思っています。(つづく)

    平成24年3月25日(日) 
     清野充典 記

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  • Posted by 清野充典  at 00:16Comments(0)大東文化大学大学院

    2012年03月24日

    修士(中国学)学位記

     平成24年3月22日(木)に、大東文化大学大学院より、 修士(中国学)の学位記を戴きました。

     中川諭中国学専攻研究科主任に、学位記を読み上げていただきました。

     2日経ち、少し修士の学位を取得した実感がこみ上げてきました。

     嬉しいというより、心が締まった感じです。


     中国哲学を背景とした中国医学の成立過程を学ぶことができました。

     東洋医学を学ぶ人たちに、このことを伝える必要性を感じています。

     特に、鍼灸師の方たちには、中国医学を正しく理解して頂きたいと考えています。

     歴史上における自分の役割と使命感を感じます。

    平成24年3月24日(土)
     清野充典 記

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  • Posted by 清野充典  at 13:00Comments(0)大東文化大学大学院

    2012年03月23日

    東京学芸大学学位記授与式挙行

     平成24年3月23日(金)に、長女が通学している東京学芸大学の学位記授与式が行われています。

     東京学芸大学は、日本の教育者を専門に育成している国立大学です。

     私の両親は教育者でした。

     娘も教育者の道を選択しました。

     4月より教育者となる若者で、あふれかえっています。

    清野充典 記  


  • Posted by 清野充典  at 10:00Comments(0)清野充典雑話

    2012年03月22日

    大東文化大学大学院学位記授与式挙行

     平成24年3月22日(木)に、東京国際フォーラムで、大東文化大学学位記授与式が行われました。

     会場入り口は、着飾った青年淑女が晴れやかな顔で話に花を咲かせています。




     ホールAに、博士5名、修士25名、学士2905名、合計2935名の修了生・卒業生とその父兄が一堂に会しました。

     博士が全員に学位記が手渡されました。

     文学研究科中国学専攻で同じゼミ生の先輩が、一番最初に名前を呼ばれました。

     一番お世話になった方が、いの一番に学位を受け取ったことで、感慨もひとしおでした。

     数ある学位のなかで、文学関係が最も学位取得者が少なく、最も取得が難しいとされています。

     今年は、先輩と大学准教授の2名が取得しただけでした。

     中国学の修士は、3名です。

     3人で記念撮影しました。

     この2年、苦労をともにした仲間です。

    平成23年3月22日(木)
     清野充典 記  


  • Posted by 清野充典  at 13:34Comments(0)大東文化大学大学院

    2012年03月21日

    大東文化大学大学院生活を振り返って26 東洋学文献類目

     6年前の2006年4月、大東文化大学大学院文学研究科博士課程前期課程に入学しました。専攻は中国学です。

     大学院は、32単位取得する必要があります。殆どの人は、それを1年目に概ねカバーし、2年目は修士論文に時間を取ります。私もそれに倣(なら)いましたが、1年目の忙しさは、想像を絶するものでした。

     その中で、1年目は11月までに、論文の構想を文字にして提出する必要がありました。

     修士論文を書かなければ、修了出来ません。

     具体的な目標を立てるためには、まず先人がどんな研究をし、何を書き表したかを知らなければなりません。

     京都大学人文科学研究所が、『東洋学文献類目』という本を出版しています。この本は、日本・中国・韓国や欧米で書かれた中国学に関する論文・書物をすべて掲載した、辞書のような内容のものです。

     この本に掲載されることは、研究業績として認められたと言うことにもなります。今回私が書いた論文が、この本に掲載されるための作業を今しています。

     大学院1年生の夏休みの間、『東洋学文献類目』すべての頁に目を通しました。この本は、昭和9年(1934年)からあります。戦時中も書き表しています。学者は、どんなときでも研究を止めなかったことが良く解ります。

     入学した平成18年(2006年)には、平成15年(2003年)まで完成していました。全冊70冊です。

     昭和9年の本は薄く、83頁しかないのですが、平成15年の本は775頁で、索引を含めると890頁あります。

     平成18年7月29日より1日1冊ずつ全ページに目通し、必要だと思われる文献を抜き出す作業をしました。9月21日よりオランダで行われる統合医療学会で教育講演する予定があったため、9月8日より1日2冊ずつ読みました。9月20日の22時に全冊読了しましたが、最後の8日間は、1日7~8時間読んでいたと書き留めてあります。読み終わるまでに、ちょうど100日間を要しました。論文を書くと言うことは、こつこつ地道な作業が求められることを痛感したときでもありました。

     その時調査した本や論文は、すべてネットで購入するか図書館でコピーをしました。

     この時の基礎調査は、6年を経た今に生きています。『東洋学文献類目』は、現在2009年度まで完成されています。毎年購入し、情報の収集は怠らずに行っています。(つづく)

    平成24年3月21日(水) 
     清野充典 記

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  • Posted by 清野充典  at 10:47Comments(0)大東文化大学大学院

    2012年03月20日

    本を入れ換えました

     ただいま、東北福祉大学総合福祉学部社会福祉学科の4年生です。


     これから一年、社会福祉士と精神保健福祉士の国家試験合格に向けて勉強するため、本棚の一番上に、東北福祉大学の教科書を並べました。

     まだ、修士論文を学術誌に掲載するための作業があるため、大東文化大学大学院へ赴きますが、4月から気分を少しづつ変えるために、敢えて目の着くところに本を並べ替えました。

     2年前、3年生に編入学し、これまで32教科受講し、86単位取得しました。

     国家試験の受験資格を取得するために、34教科97単位を取得しなければいけません。

     あと6本レポートを書き、1か月実習をし、卒業試験を受ければ卒業できます。
     
     まずは、卒業要件を満たすために、残ったレポートの作成をします。

    清野充典 記
      


  • Posted by 清野充典  at 13:57Comments(0)東北福祉大学

    2012年03月19日

    大東文化大学大学院院生会

     今日は、大東文化大学大学院院生会が行われています。

     今年博士・修士の学位を取得した人が、その研究成果を発表しています。

     私も、末席を汚して発表をさせていただきました。

     いまだ、問題が山積しており、まだまだ追加・修正をしなければ完全な論文とは言えない状況です。

     より精度の高い論文作成を目指し、今も校正を続けています。

     先輩方より建設的なご意見を沢山頂戴しました。

     今晩より、再発進です。

    清野充典 記  


  • Posted by 清野充典  at 15:14Comments(0)大東文化大学大学院

    2012年03月18日

    大東文化大学大学院生活を振り返って25 修士論文作成

     6年前の2006年4月、大東文化大学大学院文学研究科博士課程前期課程に入学しました。専攻は中国学です。
     
     修士課程の5年目は、休学をして聴講生として指導教官の授業に出席していましたが、修士5年目の授業が修了する1週間前に、復学が許されました。

     その1週間後に、初めて修士論文作成についての指導を受けました。

     修士2年生の時までに作成した論文をベースに、論文のタイトルや方向性について話し合いました。

     その時、再び衝撃的な提案がされました。私にとって思いもしない課題が次々と出されます。それは、その後寝ずに論文作成を続けなければいけないという1年の幕開けでした。(つづく)

    平成24年3月18日(日) 
     清野充典 記

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  • Posted by 清野充典  at 01:25Comments(0)大東文化大学大学院

    2012年03月17日

    湯島聖堂にて「素問講読」を受講中

     今日は、東京都のお茶の水駅前にある湯島聖堂内にて、斯文会文化講座が行われています。

     講座名は、素問講読で、講師は大東文化大学林克教授です。私の指導教官です。

     大学院に入学する2年前より講義を受けています。

     平成16年度からなので、足かけ9年ここに足を運んでいます。

     ここでは、いろいろな講座をしています。

     漢文を勉強したい人にとっては、その総本山と言えます。

     この分野における第一人者が、講座を担当しています。

     素問というのは、書物の名前です。正確には『黄帝内経素問』と言います。

     中国医学が体系化された現存する最初の書物です。中国の漢代に書かれたとされる書物で、主に身体のとらえ方に関することが書かれています。

     鍼灸師や漢方薬を学ぶ人にとっては必読の書物です。

     講座では、森立之が書いた『素問考注』という本を使用しています。

     とてもいい内容ですが、内容量が膨大です。基礎知識がないと読み進めることがとても困難です。

     漢文を理解することの難しさを感じます。

     私も、9年目にして、ようやく教授が言っていることを理解できるようになってきた程度です。

     初学者が、短い時間で理解できる様な方法はないものかと、思わず考えてしまいます。
     
     湯島聖堂名には、孔子廟があります。

     大きな孔子像もあります。

     そのことから、観光地にもなっている場所です。

     ここでは、毎年、「はりきゅう祭り」が行われています。

     鍼灸師にとっても、重要な場所です。

     湯島聖堂は、明治時代文部省があったところです。

     また、師範学校があったところです。

     師範学校は、男子部と女子部に分かれていました。

     男子部は、東京教育大学となり、今は移転して筑波大学となりました。

     女子部は、お茶の水女子大学です。

     どちらの大学も、中国学が盛んに研究されている大学です。

     全十三冊に及ぶ大漢和辞典は、世界に誇る日本の研究成果です。その作成に携わったのが大東文化大学と筑波大学です。

     歴史を感じる閑静な場所で、今も多くの人が漢文を学ぶために訪れています。

    平成24年3月17日(土) 
     清野充典 記

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  • Posted by 清野充典  at 15:39Comments(0)大東文化大学大学院

    2012年03月16日

    明治国際医療大学学歌

     平成24年5月15日(木)に、私の母校である明治国際医療大学鍼灸学部、保健医療学部、看護学部、大学院鍼灸学研究科修士課程、博士課程の学位授与式が行われました。

     写真は、卒業式・修了式が終わった後、学生が行動の外に出て喜びを分かち合っている時の写真です。

     私も、久しぶりに、母校の学歌を歌いました。

     明治国際医療大学学歌は、明治鍼灸短期大学・明治鍼灸大学の時と同じです。初代学長である河上邦治先生が作詞しました。

     いま改めてその詩を読むと、いい歌だなあとしみじみと思います。

     母校は、世界で初めて誕生した鍼灸医学専門の大学教育機関です。歴史の扉を開けた文部省の大官僚河上邦治先生の思いが伝わってきます。

     学歌を綴ります。

     
    一  歴史は遠く二千年
         東洋医学の真髄に
        世紀の光照さんと
         慕い集える若人が
        真理(まこと)の道にはげまなん
                 (ああ)われら明治に光あれ

    二  駒川の水いや清く
         丹波山脈(たにはやまなみ)仰ぎみて
        久遠(くおん)の理想いだきつつ
         慕い集える若人に
        尊き仁の術(すべ)はあり
               (ああ)われら明治に希望(のぞみ)あれ

    三  心を治(おさ)め技を錬り
         刻苦研鑽(こっくけんさん)一筋に
        誇りと愛を掲げつつ
         慕い集える若人に
       文化の鐘は鳴らされん
          (ああ)われら明治に栄(さかえ)あれ
           (ああ)われら明治に栄(さかえ)あれ

     学歌の二番に「丹波山脈」とあります。大学は、京都の丹波地方にあります。日本最古の医学書である『医心方』を書き表した丹波康頼(たんばやすより)の居住していた地域です。河上先生は、丹波(たんば)を「たには」と文字って呼んでいます。

     この学歌にちなみ、鍼灸学部同窓会は「たには会」と言っています。

     わたしは、たには会副会長として、新入会員となる卒業生を迎え、たには会入会式であいさつをしました。

    平成24年3月16日(金) 
     清野充典 記

    (平成23年1月1日より毎日更新中)

    ※3日に一度「清野鍼灸整骨院府中センターです」を更新しています
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  • Posted by 清野充典  at 18:57Comments(0)明治国際医療大学

    2012年03月15日

    明治国際医療大学卒業式挙行

     私の母校である明治国際医療大学鍼灸学部、保健医療学部、看護学部、大学院鍼灸学研究科修士課程、博士課程の学位授与式が行われています。

     本日は、鍼灸学部同窓会である「たには会」の入会式であいさつをするために、母校にやってまいりました。

     
     中川雅夫学長が、卒業生・修了生ひとりずつに手渡しで学位記を渡しています。

     教職員や父兄が一堂に集って見守る中、厳粛な雰囲気の中で、学位授与式が行われています。



     
     鍼灸学部の卒業生は81名、
     保健医療学部の卒業生は46名、
     看護学部の卒業生は54名、
     
     鍼灸学研究科修士課程の修了生は15名、
     鍼灸学研究科博士課程の修了生は2名、
     博士課程論文博士修了者は2名 でした。

     この模様は、インターネットにて世界中に配信されています。

     詳しくは、明治国際医療大学ホームページをご覧ください。

    清野充典 記  


  • Posted by 清野充典  at 11:52Comments(0)明治国際医療大学

    2012年03月14日

    大東文化大学大学院生活を振り返って24 復学

     6年前の2006年4月、大東文化大学大学院文学研究科博士課程前期課程に入学しました。専攻は中国学です。
     
     修士課程の5年目は、休学をして聴講生として指導教官の授業に出席していました。

     修士5年目が終了する1週間前の授業が終わったあと、指導教官である林克教授は次のように言いました。

     「まだ、実力が修士の1年生レベルだから、来年は退学しなさい。」

     今度は「退学」の2文字でした。毎回毎回授業でも、私が予期しない指摘をします。どんなに予習をしてこれで良いと思って望んでも、毎回打ちのめされます。

     それほど私に実力がなく、教授との差があると言うことなのでしょう。

     大学院事務室で確認したところ、大東文化大学大学院では、退学しても5年以内に復学すれば、教授会で協議して修士2年生に復学できる制度があるとのことでした。

     あと最大5年退学してかつそのあと復学して1年では、最大6年を要します。さすがにこれには参りました。

     再び教授室に戻り、林教授と協議し、真意を尋ねました。林教授は、私が博士課程の後期課程に進学するのであれば、まだその実力が伴っていないということでした。

     修士5年目のこの年は、漢文を読むことの難しさが解りはじめ、解るところと解らないところが解ってきていました。また、漢文を読めていない自分もしっかり解っていました。

     そのことから、どこをどの様にして調べたら答えにたどり着けるのかがようやく解ってきた1年でもありました。

     教授と話しながら、文学の分野において博士課程の後期課程に入学し、そのあと研究を続けたとしても、博士論文を書く実力が伴うにはまだ何年もかかると言うことを理解していましたし、心の中で「確かに博士課程で研究を続けるには、今の実力では難しいかもしれないとけれども、修士論文を書くことで実力が向上するかもしれない。今が修士1年生レベルなら、来年は修士2年生と同等と考えればいいのではないか。」と考え、「入学するときは、後期課程も視野に入れていましたが、今はそのつもりはありません。」と答え、その後も協議を続けた結果、次年度に復学して、修士論文を作成することを許可してくださいました。

    修士5年目の授業が修了する1週間前に、復学が決まりました。(つづく)

    平成24年3月14日(水) 
     清野充典 記

    (平成23年1月1日より毎日更新中)

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  • Posted by 清野充典  at 07:54Comments(0)大東文化大学大学院

    2012年03月13日

    大東文化大学大学院生活を振り返って23 休学

     6年前の2006年4月、大東文化大学大学院文学研究科博士課程前期課程に入学しました。専攻は中国学です。
     
     修士課程の4年目は、休学をして聴講生として指導教官の授業に出席していました。

     身分は聴講生ですが、授業内容が変わるわけでも指導内容が変わるわけでもありません。

     何時実力がつくかも解らない、当てもない「漢文の海」に漂流する1年でした。

     中国哲学は、文字の解釈を大切にします。漢字1字の意味を理解するために、その文字をなんと読むのかを掘り下げて検討します。

     字の読み方が異なると意味が変わるからです。

     例えば「悪」の字は、「アク」と読むと「わるい」という意味であり、「オ」と読むと「にくむ」という意味になる、と言った具合です。

     このように、読む「音」を調べて解釈する学問を、「音韻学(おんいんがく)」と言います。

     大東文化大学大学院では、「音韻学」の授業があります。修士2年生の時、1年間基礎を学びました。

     「字」の辞書を「字書」と言いますが、最初に書かれた「字書」は、許慎という人が書いた『説文解字』という本です。
     
     指導教官である林教授は、京都大学大学院生時代に『説文解字』の翻訳本に携わっていることから、音韻学の専門化でもあります。

     授業は、1文字1文字を確実に理解する作業の繰り返しでした。音を理解するためには、分類によって異なりますが、概ね漢代前の上古音、唐代の中古音、明・清代の近代音、中華民国・中華人民共和国の現代音に分かれます。

     授業で用いていた『周禮注疏』という本は唐の時代頃に書かれた本ですので、基本的に中古音で調べます。その音を調べる本も『集韻(しゅういん)』、『廣韻(こういん)』を基本書として、それで解らないときは、『玉篇(ぎょくへん)』、『韻鏡(いんきょう)』を調べ、必要に応じて『爾雅(じが)』、『廣雅(こうが)』、『釋名(しゃくめい)』、『方言(ほうげん)』、『説文解字(せつもんかいじ)』等の本を調べます。

     上古音、近代音や現代音でも調べるときは、何倍も時間がかかります。1文字の答えを出すために1か月半も調べていたことがたびたびありました。

     それもこれも、実力がないためであり、慣れれば数分で済む作業です。

     1年間必死に食らいつき、修士4年目が終了する最後の授業が終わったあと、林教授はこう言いました。

     「まだ、実力が学部の4年生レベルだからもう1年休学しなさい。」

     何となくそう言われるかなあと思っていたので、1年前ほどショックではありませんでしたが、その際、「まだ漢文が読めていないことに気付かないのか。自分が読めないことに気付かないようなら、全然読めていないんだ。」と言われました。

     4年間努力をして、少しは読めてきていたような気がしていたので、この言葉は、心に追い打ちを掛けました。

     再び修了まで最低2年以上必要な現実を振り返り、呆然自失で帰宅しました。

     大学院から帰宅途中、1年前白バイに捕まった場所に近づいたときは、スピードメーターを見ながら、安全運転に努めました。約30分ほど運転したところで道路が渋滞していたので、普段走ったことがない道へと迂回しました。

     細い道をゆっくり走りながら、信号を右折したとき、目の前で待ちかまえていた警官が私に手を振りました。

     何かと思って車を止め、窓を開けたら、「そこの信号は右折禁止なんですよ。標識に気がつきませんでしたか。」と言われました。間違って右折する車が多いところのようでした。渋滞を避け、いらいらしないようにゆっくり走っていたつもりでしたが、集中力を欠いていたようでした。

     2年連続授業の終了日に交通違反で捕まり、再び忘れられない日となりました。(つづく)

    平成24年3月13日(火) 
     清野充典 記

    (平成23年1月1日より毎日更新中)

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  • Posted by 清野充典  at 03:13Comments(0)大東文化大学大学院

    2012年03月12日

    大東文化大学大学院生活を振り返って22 進級

     6年前の2006年4月、大東文化大学大学院文学研究科博士課程前期課程に入学しました。専攻は中国学です。
     
     修士課程は2年です。大学院は、人文科学系と自然科学系に大別されます。自然科学系は概ね2年で修了する人が多く、3年以上を要するイメージがないことと思います。

     人文科学系は、そうではないようです。3年や4年を要する人が多く見られます。大東文化大学はオーバーマスターが2年出来ますので4年在籍できますが、東京大学は3年のため、一緒に研究した人は、論文が提出できず、再入学していました。もう一度受験をして1年生からやり直すと言うことです。

     入学してから、厳しい世界だと知りました。

     私は、入学初日に、指導教官である林克教授より、「君は実力がないから3年ね。」と言われました。前述した知識がなかったため、言われた直後はポカンとしてました。

     それでも、一生懸命勉強して、「何とか2年で修了してみせるぞ」と心に決め、2年目の授業が終了する日、修士論文を書き上げて、教授の所へ持っていきました。提出するためには、指導教官のサインが必要だからです。

     その時、林教授は、私が論文を手渡すや「私は3年と言っただろう。こんな論文は受け取れん。この論文を通したかったら、よその大学へ行け。」と烈火の如く怒鳴られました。論文を見ることすらしてもらえませんでした。

     その時初めて、入学初日に言われた「3年」の意味が、「2年間は基礎学力を付けて、3年目に論文を書けという意味で云っていた」と言うことがわかりました。 

     論文の指導を一度もしていただけないまま基礎学力を付けるためだけに過ごしたオーバーマスター1年目・修士3年生の授業が終了する日、林教授は「まだ学部の3年生レベルだから1年間休学しなさい。」と言われました。その時、休学の意味がわかりませんでした。

     大学院事務室へ行き尋ねたところ、オーバーマスターはもう1年しかできないため、論文を書く年に残しておかなければいけないことから、大東文化大学では2年間休学できる制度があるとのことでした。他には、中国等へ留学すると、その期間は日本の在籍期間に累積されず、帰国した時点より日本にいる在籍期間が加算されていくとのことでした。大東文化大学大学院生は、修士1年生の終わりか2年生になると、多くの院生が留学します。実力を付けるための努力を、皆しているということを、改めて実感した瞬間でもありました。

     大学院に籍をおける制度ですので、図書館を利用することは可能ですが、授業は聴講生となります。頭では解っていても、1年間頑張ったのに・・・と言う思いが離れず、傷心の帰宅でした。

     どんなに頑張ってもあと2年通学しなければいけません。それよりも、終わりが来るのだろうかという不安の方が強く頭をもたげました。

     大学院から帰宅途中、呆然と車を走らせました。

     大学院を出て約10分後に、気がついたら白バイに止められていました。

     全く意味がわからず窓を開けたら、「21㎞のスピードオーバーです。」と言われました。

     捕まったところは下り坂でした。21㎞です。1㎞超えたことにより一発免停でした。この時の気持ちは今も忘れません。(つづく)

    平成24年3月12日(月) 
     清野充典 記

    (平成23年1月1日より毎日更新中)

    ※3日に一度「清野鍼灸整骨院府中センターです」を更新しています
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  • Posted by 清野充典  at 01:16Comments(0)大東文化大学大学院